21歳、でーちんが虹の橋を渡りました
- 4月27日
- 読了時間: 12分
更新日:5月1日
本日19時過ぎ、でーちんが亡くなりました。
21歳1.5ヶ月でした(人間で言うと約100歳!)。

数ヶ月前から甲状腺が侵されたようで
だいぶ痩せてしまいましたが、
ギリギリまでがっつり食べられ、
前日までポールのレッスンにお邪魔して
みんなにかわいがられ、
最期はふうちゃんに介抱され、
私と、6年間一緒に暮らした元夫に看取られ、
本当に幸せな猫生だったと思います。
こんだけ長生きして、好きなように生きて
大往生だから、大丈夫だと思っていたのに、
やっぱり涙が止まらなくて、
どうしようもないので、でーちんの思い出を書いてみます。
長文なので、読みたい人だけお付き合いください。
でーちんとの出会い

でーちんは、20代半ばの時、付き合っていた彼氏が
猫を飼いたいと言い出し、当時住んでいた丸亀の商店街にある
鰹節屋さんで生まれていた子猫をもらってきた子です。
保護猫しか飼ったことのなかった私にとって
唯一、誕生日がわかる子でした。
はじめにつけた名前は「カツオ」でした。

彼氏が引き取るまでしばらくの間うちで見ていて
情が移り出した頃に彼氏のところにいき、
半年くらいでその彼氏が引っ越す&私とは別れることになり、
でーちんも私が引き取ることになりました。
実はうちにいた先住猫ミミちゃんと相性が悪かったのですが、
飼えなくなったから友達にあげる、と軽く言う彼氏に腹が立って
引き取ったんです。

この子は大きくなるよ
でーちんは子供の時から本当によく食べる子で、
一度も野良だったことはないのに、常に飢えてる子のように
ガツガツと食べて、ミミのご飯まで食べてしまって、
量を控えたり、朝自分がお腹が空いてるのに私が起きなかったりすると
イライラをミミにぶつけてそれで無理やり私を自分の思い通りに動かすような
超わがままな子でした。

病院に連れて行ったら、獣医さんが
「この子は背骨〜尻尾が太いから、大きくなるよ」
と言った通り、
1歳になる頃には6.6キロ、2歳では7.7キロ、3歳で8.8キロ…と
順調に体重が増えていきました。
「好きなようにさせたりや」
食欲と体重が止まらないでーちんをなんとかダイエットさせようと困っていた私に
愛猫を若いうちに亡くした経験のある猫好きの友達が
「でも猫なんて生きても十数年、この子の短い人生、
そんなに食べたいなら好きなようにさせたったら?」
と言ったんです。
食事量を減らすとイライラするでーちんを見て、確かにそうかも、
ストレスが1番あかんもんな、と納得して、
それからはあまり気にしないようにしました。

それが、まさか、大きな病気もなく、
こんなに長生きするとは、思ってもいませんでした。
この子の生命力の強さと、ストレスが少なかったせいだと
思います。
でーちん、大脱走
生粋の箱入り猫のでーちんですが、一度、
マンションの部屋から脱走したことがありました。
あんなに箱入りなのに外でのびのび暮らせるわけない、
と必死で探しましたが、見つからず、
諦めかけた2週間後、ふと思い立って屋上付近に行ってみると、
普通にはいけない柵の向こうにでーちんがいたんです。
不安そうで一回り小さく見えたでーちんを必死で持ち上げて連れ帰りました。



2週間で1.1キロ痩せてました。
人間で言えば10キロくらい!
何も食べてなかったんでしょうね。
もちろんまたすぐ戻りましたが、笑。
それからは脱走しなくなりました。
恐怖の⚪︎⚪︎大量発生
私が教師を辞めて、長期で海外旅行に行った時、実家に預けていたのですが、
その間に実家の猫にいじめられたストレスからか、
ノミをつけて帰ってきてしまって。
そこから1ヶ月くらい、家中に大量のノミが発生して、
地獄のような日々を過ごしました。
体は大きく、家ではわがまま三昧だったせいか、
ストレスにはめっぽう弱かったんですね。
飼い主に似たのかな、笑。

車嫌いなのに
でーちんは車が苦手でいつも泡を吹いてて
かわいそうでした。
なのに、私の勝手で海に連れてったこともあったな。
まあ、逃げないだろう、暑いから、と
戸をすかしたまま海に入ってた?(ような記憶、笑)ら
上がったらいなくて、
他の人の車の下に隠れてました。





ごめんね、でーちん。
でも一緒に海行きたかったんだよね。
ダイエットがてら花見散歩
ダイエットがてら散歩させようとしたけど
怖がって結局ずっと私にしがみついてて
重いわ、傷だらけになるわ…
でも、桜とでーちん、すごくいい写真が撮れました。
でーちん、イケメンだったので、笑。



デブなのに甘えん坊の結果…

でーちんは大きい体でめっちゃ甘えん坊でした。
冬になるといつも私の布団の中に入ってきて
腕枕で寝たり、私のお腹の上でドーンと寝たり
していました。
ある年の冬、私の左腕で寝ていたせいで、
毎朝起きると腕の血が止まっていて痺れて、
首が寝違えたようになって治らなくなってしまいました。
流石に「ごめん、でーちん」と布団を閉じて侵入を防ぎました。
大きな枕みたいで抱き心地良くて、
かわいかったんですけどね。
甘々パパ誕生の結果、あざらし→岩?!

私が37の時に結婚し、猫の世話は主に夫の担当となりました。
夫は私以上に猫かわいがりするタイプで、
ご飯も求められるがまま与えていました。
さらに犬を飼い始め、散歩中に野良猫に餌をやったり
(無責任にならないようみんなNTRしました)、
家の近くで子猫を拾ったりして、狭い6畳一間の1DKが
動物だらけになりました。
私が大学生の時から飼っていたミミは結婚して3年半後に
20歳目前で亡くなりましたが、
最終的に、6年間の結婚生活で、でーちんを含め、
柴犬1匹+猫8匹という大所帯。

他猫と仲良くできないわがままでーちんには
ストレスもあったのでしょう
(常に他の子にご飯を取られるかもしれない、というのが大半?)、
さらに食欲が増し、マックス10キロくらいになってしまいました。
お腹は床につきそうなほど大きくなり、骨折するんじゃないかと
ヒヤヒヤでした。

常にへそ天スタイル。
丸い大きなささみみたいな形から
だんだん岩みたいに四角いレベルになっていきました。
黒いのでアザラシか、タヌキみたいでした。
SNSで写真を見ていた友達が目の前で見ると
「うわ、こんなに大きいと思わんかった」
骨格ごとでかいから、写真だと伝わりづらいけど、
目の前で見ると本当に大きかったです。

屋島でのんびり生活
6年間で離婚し、元夫のところに柴犬+猫5匹、私のところに猫3匹になりました。
流石に前の家では人・犬・猫密度が高すぎて、窮屈だったのが、
ここに来てからみんなのびのび暮らせるようになりました。

でーちんにとっても、
天敵の犬はいないし、他の猫にご飯を取られる心配もない、
さらに人間(お客様)がいろいろ来て、かわいがってくれる。

そんな中、今までどの猫とも仲良くできなかったでーちんが、
ふうこにだけは心を許すようになりました。

ふうこは2018年にポンポンとほぼ一緒に保護した猫で、
ものすごい怖がりのせいで、ずっとすごい凶暴で、
保護してから8ヶ月間ケージ住まいで、私たちも
直接さわれなかった子です。

ケージから出ても、ビビリなので他の猫にいじめられがちで
前の家では2回脱走しました。
離婚して引っ越す直前にも逃げたので、
もしかしたら連れて行けないかも、という不安もありましたが、
なんとか直前に捕まえてこの家に連れてきました。
ここに来てからも1週間くらいはクローゼットにこもっていたし、
お客さんが来ると洗濯機の下に隠れて出てこない、
という状態が半年以上続きました。
そんな怖がりのふうこと、わがままで猫嫌いのでーちんが
なぜか仲良くなって、
一緒にくっついて寝たり、お互いに毛繕いしたり!
あの!でーちんが!猫を舐めてる!!
私にとっては感動でした。
人間もそうですが、猫も本当に性格があり、
相性があります。
でーちんにふうこという存在ができたこと、
本当に良かったなあと思います。

でーちんの晩年
ずっとよく食べ、大した病気にもならず、
病院で診てもらうと先生にもびっくりされるくらいでした。
屋島に来てから流石に年齢なのか、食べていても
少しずつ痩せていきましたが、それでも1,2年くらい前まで
6キロ以上はありました。
3年くらい前かな?便秘が1週間くらい続いて病院に行った際、
この年でこうなったら、もう、一生消化器サポート用の高いご飯を
あげ続けるしかない、と言われました。
その時流石に少し食欲が落ちて、1キロくらい痩せていたものの、
次に他のことで来院した時にはまた体重が戻ってたんです。
当時18歳くらい、人間で言えば、88歳とかです。
その年齢で一度体調不良で10キロ痩せたのが、
また10キロ戻るんですよ。
すごさがわかると思います。

そして先生の言葉に反し、快調快便になって、
物価高騰でどんどん値上がりする高級ご飯が要らなくなりました。
でーちん、グッジョブ!
この半年くらいは、認知症が入ってきたかなーという感じで
徘徊したり、不思議な動きをすることが多くなりました。
でもそれも含めて、かわいくて、生徒さんたちからも
かわいがってもらっていました。

ストレッチ中によだれ攻撃を受けた方は
私が毎朝受けていた洗礼
=顔のすぐ上にでーちんの顔があって
よだれを垂らされて起きる、の気持ちがわかったことでしょう、笑。
また、元々あまり尻グセが良くなかったのが、
ついに寝ている私の横で粗相したりするようになったので
オムツをつけていました。
その頃から食べているのにどんどん痩せてきました。
でももう年だし、先生からも内臓に何かしら出てくるだろうけれど、
それを調べたり、治療したりするにもリスクがあるから、と言うことを
聞いていたので、とにかく好きなように食べさせて
好きなようにさせていました。
目ヤニがひどすぎて、2週間前に病院に連れて行った時に
体重を測ったら2.65キロになってました。
「食べているのに痩せるのは甲状腺だろう。でもそれを治療したとて、という状況。
残りの時間が短いってことです。」
と言われました。
まあ、年だし、仕方ない、十分大往生だし、あとは
最期、なるべくギリギリまで食べて、動いて、
看取れたら、と思っていました。
でも、それが、今日だとは、正直思ってなかったです。
すごいよ、でーちん。ありがとう。
昨日のレッスンでも皆さんの間を徘徊して、
不思議な行動を取って、みんなで一緒に笑ってました。

脚が上手く立たなくて、それでも徘徊して、
皆さんを心配させたけど、それでも歩いていた。
昨日は確かにご飯でも起きてこなくて、
あまり食べなかった。
この1週間、おしっこやうんこが減ったから、
もしかして、だいぶ近いかな、とは思っていた。
でも、歩いていたし。
なのに、今朝、どうしても起き上がれなかったんです。
今日は日曜で、海に行っててもおかしくなかったけど、
shiorial先生のレッスンがあったので、
私は1日家にいました。
日曜だから、元夫にも来てもらえました。

先住猫のミミも二人で看取れる土曜の夜中に逝ったんですが、
でーちんも、ちゃんと私たちがゆっくりお別れできる時に
逝ってくれました。
そして、私が思っていた通り、
直前まで食べて、直前まで動けて。
日曜だったから、嫌いな病院にも連れて行かずに済んだ。
仲良しの生徒さんたちとも最期にたくさん会えた。
元夫が来たら隠れてしまったけど、
それ以外はふうこが寄り添って、毛繕いしたり、
ふみふみしたり、顎を乗せて寝たりしていた。
ピンピンころり!!
ほんっとーーーに、すごいよ、でーちん!!
最期は痩せてしまって、2キロになってました。
でも直前まで食べてて、自然と小さくなって死ねるって
本当に幸せなことだと思います。

私は1年前、母親が膵臓癌で亡くなり、
父親も今だいぶ体調を崩しているけれど、
正直両親の生き方や晩年は反面教師であることが多くて。
それに比べてでーちんは本当に先生のような
憧れの生き方を見せて、
逝ってくれた。
私は18で実家を出たから、
親よりも誰よりも1番長い時間、私と一緒に過ごしてくれたのが
でーちんです。
でーちんに本当に感謝してます。
ありがとう。でーちん。
天国へ行っても、美味しいもんいーーーっぱい食べて、
わがままに、でも憎めない愛されキャラで、
楽しく過ごして私を待っててね。
私もでーちんを見習って生きるから。
しばらく寂しいけど。

気持ちの整理をするためにまとめましたが、
結局やっぱりまたいろいろ思い出して
号泣してしまいます。
いることが当たり前すぎて
もう会えない、と言うことがなかなか受け入れられないものですね。
今はまだ肉体はそこにいるけど、
でーちんはいない。
明日には肉体まで無くなってしまう。
辛い、悲しい。
もしかしたらしばらくいきなり泣いちゃったりするかもしれませんが、
涙があっても、みなさんとでーちんの思い出を語れると
嬉しいです。
でーちんを愛してくださり、ありがとうございました。


